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旦那は損するギバー?
損するギバー行為は『相手からの見返りを求めてやっている?』と思ったゆきみち。一瞬

なんかやだ
と感じました。相手の助けになりたくてやっていたし、こちらの好意を返さない相手も悪いでしょ?と思っていたからです。
そこで旦那と自分の「損するギバー流れ」を見返してみます。もし私と同じなら、怒りや疲れが発生するはず…すると彼は怒っていないし疲れてもいない。この違いは何か?
実はこれが重要なポイントになります。
自分がやりたいかどうか
彼は私に言いました。

俺がやりたいからやってる。俺が猫を好きかが大事で、猫が俺を好きかは関係ない。
彼の言葉と行動を噛み砕くと
自分がやりたいからやっている。相手に何も求めなければ怒りは起きない。
という事です。旦那は見返りを求めていないから尿意を我慢できて、ゆきみちは求めているから我慢できない…こう書くとまるで私が冷たい人のようですが、正直

そこまで付き合えない
と思うのです。
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…さて、この流れを職場に当てはめて考えます。
損するギバーをしたくないなら、仕事に対しても同様に「そこまで付き合えない」と断ればいいのです。しかしできない、それが問題なのです。
何を期待しているのか
では私がやりたくない事を、相手に何か見返りを期待してやっていて、叶わないから怒っているのだと仮定します。だとしたら何の見返りを期待しているのか?です。
そこで、ここまでコーチングで学んだ事がふと頭をよぎります。「思考の癖」です。
ゆきみちの思考の癖=他者から不要と思われてはいけない
思考の癖と損するギバーの関係性については70話でSさんが仮説を出してくれていました。彼女は「父のように不要と思われたくないからやってしまう」と言いました。これに感情の名称をつけるなら
恐怖

しかし表裏一体の形で、別の感情が発生している事に気づきました。それが
期待(欲求)
不要になる恐怖の裏にあるのは、必要とされたい欲求であり、相手に『(こんなにやったんだから)私を仲間外れにしないよね?』という期待でもあります。それらの為に、自ら行動を起こしてしまっているとも言えます。
この癖は子供の頃の家庭環境から生まれたもので、大人になった今は適応されません。一部の他人に不要だと思われても生きる方法は沢山あります。
しかし頭ではわかっても、不要になるのが怖い=必要とされていたいから「仕事を断らない」と形を変えて、癖として繰り返している。私は他人への期待と恐怖の間で右往左往しているのではと思ったのです。

「癖」になるものは大抵、自分の恐怖や欲が絡んでる気がする

やめられない飲酒とかもね
…と、ここまでが当時の仮定です。
自分の理解だけであれば『かもな~…』で終わったのですが、この仮説はあながち間違っていないかもと思えるある事件が起きます。
それはまた後日〜!

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