損するギバーがなくすもの【131】

おまけ

暗い話題が続くので、海でシュノーケリングしようと誘うと「サメが出るから嫌」と頑なに断る旦那のイラストです。(暗いな)
沖縄で海に入ろうよというと「サメが出る」とずっと言ってます。あと「もし陸にサメが現れたら」とずっと怯えています。そういう映画?があるらしいです。知らんがな。

だんな
だんな

俺は前世でサメに喰われたんだ。サメが憎い。

ゆきみち
ゆきみち

へー

内面を嫌っている?

ABから「私たち内面を嫌っているでしょ?」と言われたゆきみち。
それは誤解だ!と思いました。私は自分を嫌いだと思った事はないからです。学校にせよ職場にせよ、褒められた事・必要とされた事もある、自分だってそんなに悪くないよねと思っていました。
何より自分に対して「頑張れ」「大丈夫」と声をたくさんかけてきたし、ご褒美もあげたつもりだったから。嫌いだったらそんなことしない!と。

しかし二人はこう言いました。

ゆきみちが自分を褒めるのは、自分の思うようにできた時だけ

自分で自分を差別する

時々自分の事が嫌い、好きになれないという方がいらっしゃいます。私はこの発言に対して『何を言っているの?』と思っていました。

ゆきみち
ゆきみち

私だって自分の好きな所と嫌いな所がある、人間そんなものでしょ?

こう考えていたからです。私はこの考え方を中立で真っ当だとずっと思っていました。しかしこれこそが、A面B面のいう事をそのまま表しています。

この考え方は、自分の好きな所も嫌いな所も同じように思えているのであれば中立だと思います。

しかし私はそうではなく

・できる自分は好き(許せる・褒める)
・できない自分は嫌い(許せない・責める)
→自分の中で自分を差別する

こういうやり方をずっとしているのです。

転職活動、コーチング、これまでの仕事。苦しい時に「頑張れ!」「大丈夫!」と自分にたくさん声をかけました。だけどその言葉の裏にあったものは

できなきゃ駄目できるまで頑張れ

というある種の脅しであり、想像と違ったり臆病な自分が出てきたら責めて攻撃。

凹んだ時は『ご褒美』という名の自分へのプレゼントもちゃんとしていました。
でもそれも自分への労いではなく、「こうやって英気を養えばまた走れるよね?」という先を見越した下心ありきのプレゼント。馬の目の前ににんじんをぶら下げて走らせているのと同じです。

心から自分を労って送ったものなど、ほとんどなかったのではないかと思います。

他人は思いやれるのに

物語調で描いたので、ちょっとわかりにくかったかもしれません。(笑)
実際はもっと、水が染み入るような感じで頭に入ってきました。

ゆきみち
ゆきみち

あーそうなのかあ…

今回コーチングで明確に思考の癖や、自分の問題点が出ました。これを直して、転職して!そうすれば明るい未来が手に入る!と一生懸命になっていた私。

でもできなかった。それどころか、自分が一番なりたくなかった父のような姿になってしまいました。

59話より

その時私は父に対して、つまり『他人』に対しては優しく思いやりました。でもその立場になった『自分」に対しては

なんでこうなった?これからどうしよう!

と責め、不安に貶めようとしている。そんな自分に気づいた時、思わず笑ってしまいました。

ゆきみち
ゆきみち

…私は私に冷たすぎる


今苦しいのは誰?頑張ったのは誰?
…私でしょ。

ゆきみちの問題は、失敗する自分を許せない・自分に厳しい。この度合いがかなり強いのにそれがわかっていない、気づかないまま自分への攻撃を続けている。
結果

自分自身に嫌われてしまっている

ということでした。

続く