損するギバーがなくすもの【139】

仮にそうだとしたら

旦那に「Sさんにも本音を言わなかったんじゃないか」と指摘されたゆきみち。一番最初に思ったことは

ゆきみち
ゆきみち

それはない!

でした。コーチングで正直に話すことの大切さは、家族との過去を振り返った際(51話〜)身に染みてました。(詳細は番外編をご覧ください)何よりSさんの事を信頼していましたし、嘘をつく必要などないとわかっています。

しかし…もし旦那の言うとおり、私が本音を話していなかったとしたら?残念ながら辻褄があってしまうのです。

どこからが本音?

私は前職でデザイナー+ディレクターとして仕事をしていました。しかしもともとデザイナーです。はっきり言って仕舞えば、別にディレクターをしたくて会社に入ったわけではありません。

ディレクション(段取り)は業務をスムーズに進めるために必要なもので、デザイン業務だけでは売り上げが取れない会社だっただけです。

特に3社目は小さなメーカーで、入社前からそのことは言われていました。自分でもわかっているつもりでした。仕事だから仕方ない、と。

またこれまでも再三お伝えした通り私は

・人のために動くことは良いことだ
・人に迷惑をかけないよう気をつけるべき
・仕事はあるだけありがたい、なんでも感謝してやる

こう言った考えが特に仕事に対して強い人間でした。一瞬『良い事では?』と思われそうですが、もう少し突っ込んで言うと

・人のために動かない奴はダメ
・人に迷惑をかけてはダメ
・仕事や置かれた環境に対して文句を言うのは、悪である

文句を言うなら辞めろ

こう言う考え方でした。

他人や環境のせいにしてはいけない、仕事ができない自分が悪いのだから、迷惑をかけないようにできる限りスキルを高めるべき。年齢的にも、ずっとプレイヤーでいてはいけない、もう少し広範囲で仕事を見なきゃいけないのだろう(ディレクションはした方が良いのだろう)と考えていました。これはそうしたかった、と言うより『一般的にそう言うものだ』と言う、義務感的なものです。

そうやってディレクターを兼任し、業務がスムーズに進めば周囲にも感謝され嬉しかった。だからこれで良いんだ、正しいんだ、自分は向いてるのかもしれないとすら思っていました。

結果的に面接官やコーチ、転職エージェントから見て「なんでもできますね」といわれる社会人になった訳です。

だけど、改めて自分を客観的に見た時…これは自分がやりたくて積み上げたものだったのだろうか?

やりたくない事をやり続けた結果、できるようになっただけではないのか?

と思いました。
やりたくない事を続けた結果、できることになり仕事になる。その流れが悪いと言う意味ではありません。問題はできるようになった時、自分の心はどうなのか?ということです。少なくとも私はワクワクは全くしていない。それがわからなくなっているのです

ゆきみち
ゆきみち

うわあああん

だんな
だんな

ワクワク感情は大事なんやで

できるから、仕事だから、迷惑かけたくないから、周囲に喜ばれたからやってただけ。私の心は全く喜んでいない。でもそれに気づかずSさんに意気揚々と自分の向いている事、できる事として話していたとしたら?…一体どこからが本音なのでしょうか。

世間的に言われている『良い事』を愚直にこなしていたはずなのに、真面目で正しくあったはずなのに、私は自分の事が全くわからなくなっていました。

続く